世界選手権ドーハ大会で敗北に打ちのめされた張本智和は初めて“立ち止まる”ことを選んだ。
揺れる心の奥で、勝利への炎は消えることなく、再び燃え上がっていく。
横浜で見せた覚悟の勝利。その裏に隠された、知られざる真実とは。
<2026年8月・WTT 横浜優勝後>
PHOTO Manabu Nakagawa
はりもと・ともかず
2003年6月27日生まれ、宮城県出身。元中国ナショナルチームの両親の影響で2歳から卓球を始め、全日本選手権のバンビ・カブ・ホープスで6連覇を達成。13歳で世界選手権シングルスでベスト8入りし、14歳で史上最年少の全日本チャンピオンになるなど、国内外で数々の最年少記録を更新。東京五輪の男子団体では銅メダルを獲得。WTTチャンピオンズ横浜で、自身2度目のチャンピオンズ王者となった。世界ランキング3位(9月9日現在)。トヨタ自動車所属
体も頭も一度リセットすることがいかに大事なのかということに改めて気づかされました
WTTチャンピオンズ横浜での劇的な優勝から休む間もなく、スウェーデンで開催されたヨーロッパスマッシュに出場した張本智和。
帰国後もTリーグ、そしてイベントと、多忙なスケジュールが続く中、時間を割いてインタビューに応じてくれた。
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●―5月の世界選手権ドーハ大会から8月のWTTチャンピオンズ横浜までのパフォーマンスについてはどのように感じていますか?
張本智和(以下・智和) ドーハでメダルを獲得できずに終わって、自分の卓球に対する考え方を180度変えました。もちろん練習は大事だし、努力は必要だけど、休む割合を増やしてもいいのかなと。ドーハが終わって10日間はラケットを握らなかった。世界選手権の同士討ち(戸上隼輔戦)での敗戦はメンタル的にもきつかったし、正直、すぐには練習をする気持ちになれなかったですね。
6月のリュブリャナ(WTTスターコンテンダー)の時は、まだ気持ち的に完全に回復していなくて、試合をしながら少しずつ戻していけるように努めていましたが、また戸上選手に負けてしまった。次の大会のザグレブ(WTTコンテンダー)では60%くらい戻ってきて、再び戸上選手との対戦が決まった時は、「さすがに3連敗はできない」と、そこからエンジンがかかっていった感じでした。
準々決勝で戸上選手に勝ってから、気持ち的にだいぶ楽になりました。戸上戦のあとは体も心もすべてが良い方向に向かってくれて、ザグレブで優勝することができました。一時的とはいえ、ぼくにとっては長い休養を取ったことが良い意味での成功体験になった。体も頭も一度リセットすることがいかに大事なのかということに改めて気づかされました。ラスベガス(USスマッシュ)に入る前には心身共に一番良い状態でした。練習量もすごく多いわけじゃないけれど、しっかりと感覚はあるし、プレッシャーもそれほど感じていませんでした。