五輪金メダリストの韋晴光(Wei Qingguang)は中国で生まれ、中国で鍛えられた。遅くに国家チームに入ったものの、ダブルスのスペシャリストとして、世界選手権、五輪に選ばれ、見事優勝を達成した。
しかし、もともと個人としての能力が高かったことは疑いもない。1990年のアジア競技大会の男子シングルスでは当時強かった韓国・北朝鮮、そして同士討ちでも圧倒的な強さを見せ、優勝している。
翌年、結婚したばかりの石小娟(Shi Xiaojuan)を連れて、来日。その頃の中国は今のような自由経済の体制ではなく、自国と海外との賃金格差もあり、「外国へ行く」ことは良い暮らしと、お金を稼ぐ好機でもあった。
そして、二人は日本を気に入り、日本国籍を取得することを選ぶのだが、その後に多くの困難が待ち構えていることを知る由もなかった。
所属していたラララの倒産、そしてアキレス腱断裂。二人が乗ったジェットコースターは猛烈なスピードで急降下していた。<2025年4月取材>
「え、これで終わりなの!?」と。国籍ってこんな簡単に放棄できるんだということにびっくりした
●─日本のパスポートをもらった時の気持ちは?
晴光 まず中国のパスポートを返さないといけなかったから、将来的な不安が急に出てきました。気持ち的にきつかったですね。90年代は中国はまだ海外で暮らしている人も少なかったし、国外のパスポートの人も少なかった。だから、すごく不安でしたね。正直なところ(日本のパスポートを取ったら)本当に家族の面倒を見られるのかとか、初めて考えました。「俺の責任はすごい重大だ」と思って。
絹子 (パスポートを返還して)帰ったら、ふたりとも黙ってましたね。
●─中国のパスポートを返したら、すぐに日本のパスポートが受け取れますか?
絹子 すぐにもらえないから、1回パスポートがない状態になる。私は心配性ですから、パスポートを返す時は、「本当に返すの?」と心配だった、パスポートがなくなるし。それに、「いや、受け付けない」とか「反対する」とか言われたら、中国のパスポートを返還できないじゃないという心配もしていた。でも実際は中国領事館の方がただ「わかりました」と(淡々とパスポートを)持っていったんですよ。それで「え、これで終わりなの!?」と。国籍ってこんな簡単に放棄できるんだということにびっくりした。二人とも多分同じ感覚だった。
●─日本のパスポートを取得できるとほぼ決まってから、それから中国のパスポートを返すんですか?
絹子 そうじゃないんですよ。法務局から言われた順番に進みました。法務局は書類全部受理したので、次の手順は自分で中国大使館とか領事館に行ってパスポートを返しなさいと。
パスポートを返還したあとは、パスポート自体がなくなる。半年~1年ほど待たないといけない。無国籍ですよね。当時は帰化している人が少なかったからかもしれない。今は改善していると思います。
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