アメリカの地方の小さな町にある卓球クラブって、実際はどんなところなのだろう? 結論から言えば、驚くほど身近な感じだった。
アラバマに引っ越したあと、私はWiregrass Table Tennis Clubに入会し、これまでとはまったく違う卓球文化に出会えると思っていた。ところが実際に出会ったのは、忘れがたい面々だった。爆発力のあるクラブチャンピオン、さびついたアマチュアからクラブ会長へと変わった熱心な創設者、そして癖の強い選手たち。彼らの習慣やライバル意識、ユーモアの感覚は、妙に普遍的なものに感じられた。
色とりどりの人物たちと、温かいまなざしの観察に満ちたこの実話は、どの国を故郷と呼ぼうとも、卓球をする人たちは結局のところ、すばらしくよく似ているのだと教えてくれる。
本気の選手
2000年にPetersの家で卓球をしたとき、滞在先のDothanには卓球クラブはないが、打てる人は何人かいると聞かされた。
やがてそのうちの一人からメールで連絡があり、練習に誘われた。最初から彼は胸を張ってこう言った。「私は趣味でやっている選手ではない。本気の選手だ」
私は、いかにもアメリカらしいなと思ったのを覚えている。
待ち合わせたジムに着くと、ロビーの自動販売機の前に卓球台が1台、置いてあった。
まあ、何もないよりはましだと思い、待った。
数分後、ひいひい言いながら一人の男がこちらへやって来た。あまりにも太っていて、卓球ができそうに見える人間としては世界で最後の一人のようだった。
それがWarren K. McNeilだった。
あいさつを交わしたあと、私たちは練習を始めようとした。
すると彼はこう言った。
「ボールを持っていないんだ」
そんなことが本当にあるのか?
ほかに選択肢もなく、私たちはジムの事務所へ行った。そこで私は、見たこともない無地のクリーム色のボールをいくつか買った。卓球用具というより、子どものおもちゃのようだった。弾み方は予測不能で、レクリエーションで使う昔の日本のソフトボールよりもさらに柔らかかった。
どうにかこうにか、私たちは打ち始めた。
だが、この男はどうやらカット主戦型のはずだったのに、カットを卓球台に返すことすらできなかった。実際、安定してツッツキを入れることさえできない。まともな試合になりようがなかった。
話してみて、その理由が分かった。
「卓球をするのは6年ぶりなんだ」
なるほど、それはかなり変わった意味での本気の選手だった。
シェア